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住友大阪セメント 栃木工場 [工場]

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近頃「工場萌」という言葉をよく聞く。とある環境関連の勉強会でセメント工場を訪れた。


地球温暖化問題を語るとき、あるいは国際的な削減目標等の約束事を定量的に表現する場合にCO2排出量とその削減率が用いられるは周知の通りである。特に産業界における削減は企業の継続やCSRという概念からも、それぞれの業界、各企業が真剣に取組んでいる。現在の技術と価格の高い新しい技術、利益と原価、商品開発とマーケットなど「予知できること」と「予知できないこと」のなかから資金を調達し、世界と競争しなければならない。特に化石燃料への依存が高い「エネルギー消費型産業」であるセメントメーカーを含む『材料メーカー』はCO2排出量も多く、何かと注目されている。本来は、電気の売買の自由化、制度設計や地域偏差など、法律を含む社会システムにより効率的な削減が可能になると考えるが、この話ではない。。

セメントは、水・砂と砂利を使って「石」に変える材料である。古代エジプトやローマが繁栄した時代にもセメントのような物はあったようだが、産業革命時代の1700年後期から1800年前期に現在とほぼ同様なポルトランド・セメントはイギリスの煉瓦技術者によって開発された。その後、研究や発見により様々な種類のセメントが作られ、大量生産を可能にし現在に至るのである。日本でのセメントの歴史は、1872年(明治5年)に東京深川に大蔵省が工場を作ったのが始まりである。

セメントの主原料は石灰岩と粘土であり、石灰岩は自国で唯一賄えるだけの量を調達できる鉱物である。製造方法は、これら石灰岩と粘土を大きな「ミル」で磨り潰し適切な配合にした後、1450℃で焼き固め、急激に冷やすと「クリンカー」というボール状の塊りの中間製品になる。最後に「仕上げミル」にて細かく粉砕、石こうを加えて適切な配合で混ぜ、不純物を取り除くと『セメント』になる。

現在のセメントの使用量はバブル期の50%程度だそうで、なんとも強烈な減り方である。民主党政権になってさらに減っていくことであろう。このような需要変化に呼応して業界は2度の再編を繰り返している。1994年(平成6年)に、大阪+住友=住友大阪、秩父+小野田=太平洋・1998年(平成10年)に、宇部+三菱=宇部三菱といった変遷である。ペットボトルに入った500mlの「水」の値段は150円程度であるが、セメントは10円程度だそうである。。

工場には、様々な大型の機材やそれを支える柱や工程に合わせた配置、維持点検に必要な足場や階段、材料や空気を送る配管など、目を見張るものに溢れている。。


なんとも美しい

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工場から2㎞離れた採掘場から運ぶ石灰石は、このカプセルに入れて空気圧送される

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焼き固める際の温度は1450℃にもなる

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場内にはバイオマス発電施設も併設され、環境に配慮されている

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エレベーターで余熱プラントのてっぺんに上ると佐野の街並みがよく見える

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かつては鉄道によって輸送されていたが、現在はトラックに変わり、廃線され面影だけが残る・・・。

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コメント 9

cjlewis

そう、子どものころ、清洲橋を渡ってすぐのあたり、佐賀町と呼ばれているあたりに巨大なセメント工場があったのを覚えています。夕方になるとコウモリがたくさん集まってきて、子ども心に、ちょっとコワイ場所でした。中に入ったら、二度と戻ってこられないような。。。(笑)
こういう重工業の工場は、どんどん減っていきますね〜
by cjlewis (2010-02-06 07:40) 

opas10

トラック輸送によって生じるCO2もかなり問題になっているので、そのうち廃線跡が復活するかもしれませんよ。
by opas10 (2010-02-06 11:58) 

esme

>cjlewisさま
コウモリがいたんですか!!子供たちにとってそこは恐れられていたんですね(笑)今では、その場所には「日本セメント工場発祥の地」の碑が建っています。
江東区とか月島あたりは、明治以降の近代化を象徴する生産拠点で、たくさんの工場がありましたよね、今ではほとんど見ることができませんが、、
>opas10さま
その通りかもしれません。貨物鉄道って環境的には優等生ですよね!!一人の運転手が大量の荷物を運べる経済性も兼ねそろえているし・・・。
by esme (2010-02-06 12:31) 

21世紀中年

最後の写真が物悲しくて好きです。
by 21世紀中年 (2010-02-06 23:16) 

雉虎堂

は~い(^◇^)/工場萌え、廃墟萌えです!
でも決して昨日今日の流行りに乗っかっているわけではなく(^^ゞ
市民の歌の歌詞が「♪明るい街に工場に、高くそびえる煙突に」という
工場城下町に育ったので、工場は子供時代の思い出と
不可分に結びついたいわば私の「原風景」なんです

3枚目、4枚目の写真、懐かしいような感じがします。
by 雉虎堂 (2010-02-07 14:45) 

esme

>21世紀中年さま
現地で迎えてくれた社員の方々は、厳しい業界にもかかわらず大変明るく、そして21世紀の問題に対しても果敢に挑戦していました。ある意味心を打たれました。最後の写真の「物悲しさ」と映る鉄道跡地ですが、今よく見ると雑草が生い茂っています・・・・。
>雉虎堂さま
「ぼくら~の街は~川っぷちぃ~♪、えんとつ、だら~けの街なんだ~♪、高い~えんとつぅ~こんにちわ~♪、低いえんとつぅ~風邪ひくな~♪・・・」でしょうか?
by esme (2010-02-07 21:33) 

八犬伝

炎が燃えさかっていますね。
近寄るだけでも、相当の熱さなんでしょうね。
by 八犬伝 (2010-02-08 22:07) 

esme

>八犬伝さま
なんせ、1450℃ですから・・・近くによらないように注意を受けました。。
東京都の焼却場はこれよりも数百度高い「溶融」で、はいにならずにビーズ状になるようです・・・。無害化と残さ(残りかす)による埋立て量の減量にもなるようです。。
by esme (2010-02-09 22:26) 

乃亜

おはようございます。
普段、あまり見ることのできない光景ですよね。

by 乃亜 (2010-02-12 09:14) 

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