So-net無料ブログ作成
検索選択

日比谷公会堂 (市政会館) [建築構造物]

東京市政会館2009.09J.Yama02.JPG
日比谷公会堂(市政会館)は、昨年80年を迎えた。

日比谷公会堂(市政会館)の話をするためには、「後藤新平」に触れなければならない。
後藤新平は、江戸末期の1857年に岩手で生まれ、医師台湾総監府民生長官、南満州鉄道初代総裁、逓信大臣、内務大臣、外務大臣を歴任し、東京市の第7代市長を勤めた後、1923年(大正12年)、関東大震災により瓦解した東京の帝都復興院総裁として都市計画を再構築し現在の東京の「形」を造った人でもある。
明治新政府の立役者たちに見出され、日本の大きな歴史的転換期に行政官として常に先頭を走ってきた人物であり、晩年は力を注いだボーイ・スカウト(少年団日本連盟)の初代総裁でもあった。

その想像を絶する復興作業の仕事量と事業スピードのマスタープランである「復興計画」は、震災前の1921年(大正10年)に前年から東京市長(現在の都知事にあたる)に就任した後藤新平が、当時の東京のインフラの再構築を目指した下書きとして作成した「都市整備案」があってこそ、一刻の猶予もない狼狽・疲弊した市民の生活を元に戻し、かつ次の時代に対応できる都市の姿を創ることが可能となったのである。震災前、その計画は「大風呂敷」と批判を受け、官僚機構が成熟するなか改革は抵抗を受けていたのである。当時の東京は、まだ山の手線の環状運転はされてなく(1925年:大正14年から)、東京の重心が日本橋・京橋の城東にあったころである。もちろん城西地区と言われた新宿、渋谷、池袋などは、ターミナル機能は脆弱で小屋のような駅でしかなかった、そんな時代だったのである。

後藤新平の復興計画は、街路事業・橋梁事業・土地区画整理・上下水道・運河河川事業・公園事業・学校・等の多岐にわたる。復興事業が実施されて80数年前の年月が経つ今でさえ、その片鱗は東京のあちこちに残り、それらに触れることや残り香を感じることができる。
そして「それら」を感じることが私は好きだ。

復興事業で実施された東京のインフラは、普段目にする東京の幹線道路、隅田川に架かる九大橋梁(国施行:相生橋・永代橋・清洲橋・蔵前橋・駒形橋・言問橋、東京市施行:両国橋・厩橋・吾妻橋)同潤会アパートや築地市場など枚挙にいとまがない。そして、日比谷公会堂、市政会館である。

市政会館は、後藤新平によって構想された地方自治の調査研究をおこなう独立公正な機関に安田財閥の安田善次郎が共感し、彼の寄付によって建てられた。東大の安田講堂にも彼の名は残る。
1929年(昭和4年)に落成するが、定礎式に満面の笑みに溢れていた後藤新平はその落成式に姿は無かった。日比谷公会堂は、この市政会館に併設して建てられた。東京初のコンサート・ホールとして市民に親しまれ、昭和の激動の舞台として「浅沼暗殺事件」も記憶に残る。
設計は、コンペ方式により佐藤功一が当選。日本における近代ゴシック建築の代表作である。


なんとも美しい



東京市政会館2009.09J.Yama05.JPG


東京市政会館2009.09J.Yama40.JPG


東京市政会館2009.09J.Yama11.JPG


東京市政会館2009.09J.Yama15.JPG


東京市政会館2009.09J.Yama12.JPG


東京市政会館2009.09J.Yama22.JPG


東京市政会館2009.09J.Yama25.JPG


撮影時は、一部建物の改修中であった。再度訪れたい!

nice!(24)  コメント(7)  トラックバック(0) 
共通テーマ:アート

nice! 24

コメント 7

21世紀中年

まさに歴史的な建物なのですね。最後の二枚の写真が特に好きです。
by 21世紀中年 (2010-01-18 08:22) 

cjlewis

恥ずかしながら、全く知りませんでした。。。
このような人物こそ、今の日本に必要な人ですよね。
石原さんも、ある意味強い個性を持った人ですが、庶民感覚というのをもう少し理解してほしい気がします。東京には、保存すべき過去の偉物とともに、時代に則して整備すべきインフラも数多くあると思います。オリンピックより優先すべきものがあるような気がするのですが、、、
by cjlewis (2010-01-19 01:17) 

雉虎堂

ゴシックってせり出してくるような圧迫感があって
自信のない時に建物の前に立つと
叱られているような気分になります。
でも、この建物はそれほど迫ってくる感じがなくていいですね(^^ゞ
by 雉虎堂 (2010-01-19 08:32) 

乃亜

こんばんは

病院から開放されました~
今後とも宜しくお願いします。

日比谷公会堂ってよく聞いた事ありますが
歴史を感じる建物だったんですね。

落ち着きを感じます。
by 乃亜 (2010-01-19 18:35) 

esme

>21世紀中年さま
関東大震災の後、戦争で焦土と化すが、その後の「東京」のグランドデザインを書き換える期を逸した感がありますよね。。オリンピックもあったし・・
いつまでも残ってほしいですね。。
>cjlewisさま
後藤新平は、江戸、明治、大正、昭和と生きた人でした。昔の人はすごいですよね、パワーが違います。
これからは、「車」が減ったり、公共移動手段が充実するのかな?これで都市がまた姿を変える予感もしなくない・・・。
>雉虎堂さま
たぶん、今後にこのような建築物が新たに建造されることは無いんじゃないかと思います。写真には写っていませんが時計台の上に尖塔もあってゴシックしてるんですが、建物の回りは細めの柱とスクエアーな感じがスッキリした感じになってますね。
>乃亜さま
退院おめでとうございます。
急がず、ボチボチ始めてください。
今年もよろしくです。

by esme (2010-01-19 21:32) 

opas10

日比谷公園の一角、公会堂と図書館のあたりは、公園の緑を背景にしているせいもあって時間の流れが止まったような実にいい感じですよね。
by opas10 (2010-01-23 12:34) 

esme

>opas10さま
コメントありがとうございます。東京では貴重な木々が茂るほっとできる場所ですよね。皇居との連続性も感じられて、私も大好きな場所です。
by esme (2010-01-24 20:15) 

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0

この記事のトラックバックURL:

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。

×

この広告は1年以上新しい記事の更新がないブログに表示されております。